中尾美園 個展 Coming Ages によせて ― 絵画のデフォルト ―

Ns ART PROJECTは、東洋絵画の古典技法とその保存修復の理念を現代アートとして成立させる稀有な作家、中尾美園による個展 Coming Agesを開催し、現代において見過ごされがちなアートの諸相のひとつを提示する機会に恵まれることとなりました。

中尾美園(1980年大阪生まれ、京都在住)は、京都市立芸術大学大学院保存修復専攻を修了し、その技術を生かすべく様々な歴史的日本の絵画の修復・保存に寄与するかたわら、オリジナルな絵画の制作も試みてきました。近年では、現代的なテーマを、保存修復の理念にもとづき丹念に描くことによってこそ、アートの果たすべき役割やそれがもたらす本来の感動をコンセプチュアルにかつ具体的に表現しうるという独自の領域を開拓し、注目を集めています。

2013年のKunst Arzt(京都)での個展「いつかの庭」では、放射線測定器をもって訪れた福島県浪江町で拾った葉を一枚一枚描き、その場の空間線量の数値も併記しました。

2015年の個展「図譜」(Gallery Parc、京都)では、祖母の嫁入り箪笥のなかに残された着物、帯、簪などの部分を書き起こし、絵巻としました。

2015年奈良の今井町の展示(奈良・町家の芸術祭はならぁと2015)では、会場となった民家の新建材の内装を剥がし、それらを描き写して絵巻物とし、古い土壁や板壁のなかで展示しました。

一見目新しさのない写生が並ぶ図鑑のような中尾の絵巻は、日本人にとっては過去の見慣れた表現のようで、うっかりすると通り過ぎてしまいます。しかし、そこに描かれたものは、彼女が写生しないと残らないもので、一つ一つに思いが込められています。それに気づき、見落とされがちな事物が絵画化されているという違和感に少しの笑みをもって反応してしまうその瞬間、これまでの現代アートでは味わったことのない素直な感動が押し寄せてきます。己を空しくして写生することで、関心をもたなかったもののなかに真の大切さがあることに気づかせてくれる「中尾ワールド」に私たちは静かに誘われるのです。本来見えているはずで気づかないものを見つめ、その風土が培う方法で描き、残す。それは夾雑物にまみれたアートをデフォルトに戻す作業とも言えましょう。

Coming Ages と題された、故郷・大阪での初個展となった本展は、まさに彼女のメインテーマである去りゆく時代を絵画によってカミング・エイジ(「来る時代」「次世代」「未来」)に変貌させることをホワイト・キューブのなかで実現する野心的な展覧会となっています。

本展では、注目の中尾の新作とともに、2016年正月に奈良県立万葉文化館で展示した作品(奈良・明日香村で取材した女性たちの桐箪笥の中にある嫁入り道具をモチーフに制作)をベースに現代アート・ギャラリーの特徴であるホワイト・キューブ向けにしつらえた作品、そして、それらを新たに展開させた作品が展示されています。

今回ひとつの壁を占める連作「6つの眞智子切(想定模写)」はアートの純粋な実験空間であるホワイト・キューブに向けて構想された作品と言えましょう。それらは、明日香村で取材した女性「眞智子」が橿原神宮で結婚式を挙げた際の思い出の品である「式で使用した末広(扇)」と「神社から譲られた日本国旗」の写生であり、さらに、その絵の「6つの未来」が想定され描かれたものです。最初に写生した作品に加え、「水、破れと素人による補修、子供の落書き、火、紛失」を被った未来の作品の状態が描かれています。修復すべき状態を仮想し、それを模すことで、事物の経年劣化やダメージがマイナスのイメージでなく、生き延びるプラスのイメージへと転じ、未来を造形化することに成功しています。

この連作では、最初の作品が現実のものを観察し描く「写生」であるならば、その他の作品は先人の絵を写し描く「臨画」のようになっていますが、ふと気づいてみると、複製技術の進歩した現代にあえて手描きによる細密描写を繰り返していることに驚きを感じます。焼失にまで至る「消滅」の諸相が「模写」の技術によって仮想描写されるという逆説的でコンセプチュアル・アートのような作品の在り方が、概念ではなく繰り返される手わざによって生まれているということもまた逆説的で、心に染み入る理由になっているのです。そして、「6つ」のという数は、仏教の六道絵にちなんでいるとのことですが、ここではまさに無常が造形化され、造形の力は悟り以上に未来への希望を呼び覚ますものとなり、子供が描いてしまった落書きの無邪気な明るさと呼応しています。

見過ごしてしまいそうなもの、大事にされないで消えていくものを東洋絵画の伝統技法で描写し、絵巻に仕立て、現代人の消費に偏重した視覚に日本的風土の滋養をもたらしてきた中尾の制作は、本展において未来の時空の造形化へと発展しています。

ホワイト・キューブの実験的ギャラリーにおいて、和紙、糊、岩絵具、巻物、嫁入り道具が、大事な現代の表現になっていることに、幾何かの安らぎを覚えることは、欧米を中心にしたモダニズムに対するしなやかな批評を形成していると言っても過言ではありません。柔らかく、自然で、脆弱で劣化するからこそ、未来へ残されるアートの意味が切実に響いてくるのでしょう。

なつかしい未来、中尾美園個展 Coming Ages をじっくりご堪能いただきますことを切に希望する次第です。

Ns ART PROJECTディレクター 永草次郎